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舞姫
发布时间:2007-06-18 浏览:   网友评论   【论坛】 【收藏】  字体设置:

舞?

森?外




 石炭をばや?み果てつ。中等室のつくゑのほとりはいと静にて、 ?しねつとうの光の晴れがましきもいたづらなり。今宵は夜?にこ?に集ひ来る骨牌カルタ仲?も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人ひとりのみなれば。
 五年前いつとせまへの事なりしが、平生ひごろの望足りて、洋行の官命をかうむり、このセイゴンの港までし?は、目に?るもの、耳に?くもの、一つとしてあらたならぬはなく、?に任せて?き?しるしつる?行文日ごとに?千言をかなしけむ、当?の新?に?せられて、世の人にもてはやされしかど、今日けふになりておもへば、?をさなき思想、身のほど知らぬ放言、さらぬも?常よのつねの?植金石、さては?俗などをさへ珍しげにしるし?を、心ある人はいかにか?けむ。こたびは途に上りしとき、日?にきものせむとて?ひし?子さつしもまだ白?のま?なるは、独逸ドイツにて物学びせし?に、一?の「ニル、アドミラリイ」の?象をや?ひ得たりけむ、あらず、これには?に故あり。
 げに?ひんがし?かへる今の我は、西に航せし昔の我ならず、学?こそ?なほ心に?き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の?みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ?り易きをも悟り得たり。きのふの是はけふの非なるわが瞬?の感触を、?に写して?たれにか?せむ。これや日?の成らぬ?故なる、あらず、これには?に故あり。
 ?呼あ?、ブリンヂイシイの港をで?より、早や二十日はつかあまりを?ぬ。世の常ならば生面せいめんの客にさへまじはりを?びて、旅の?さを慰めあふが航海の?ならひなるに、微恙びやうにことよせてへや?うちにのみ?こもりて、同行の人々にも物言ふことの少きは、人知らぬ恨に?かしらのみ?ましたればなり。この恨は初め一抹の?の如くわが心をかすめて、瑞西スヰスの山色をも?せず、伊太利イタリアの古?にも心を留めさせず、中?は世を?いとひ、身をはかなみて、?はらわた日ごとに九?すともいふべき惨痛をわれに?はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点のかげとのみなりたれど、ふみ?むごとに、物?るごとに、?に映る影、声に?ずる?の如く、限なき?旧の情を?び起して、?度いくたびとなく我心を苦む。?呼、いかにしてか此恨を?せうせむ。ほかの恨なりせば、?に?じ歌によめる後は心地こ?ちすが/\しくもなりなむ。これのみは余りに深く我心に?りつけられたればさはあらじと思へど、今宵はあたりに人も?し、房奴ばうどの来て ?の?をひねるには?程もあるべければ、いで、その概略を文に?りて?む。
 余は幼きころより?しき庭の?をしへを受けし甲斐かひに、父をば早く?うしなひつれど、学?のすさみ衰ふることなく、旧藩の学?にありし日も、?京に出で?予 よびくわうに通ひしときも、大学法学部に入りし後も、太田?太郎とよたらうといふ名はいつも一?のはじめにしるされたりしに、一人子ひとりごの我を力になして世を渡る母の心は慰みけらし。十九の?には学士の称を受けて、大学の立ちてよりその?までにまたなき名誉なりと人にも言はれ、なにがし省に出仕して、故?なる母を都に呼び迎へ、?しき年を送ること三とせばかり、官?の?えことなりしかば、洋行して一?の事?を取り?べよとの命を受け、我名を成さむも、我家を?さむも、今ぞとおもふ心の勇み立ちて、五十を?えし母に?る?をもさまで悲しとは思はず、?々はる/″\と家を?れてベルリンの都に来ぬ。
 余は模糊もこたる功名の念と、?束に?れたる勉?力とを持ちて、たちまちこの欧?巴ヨオロツパの新大都の中央に立てり。何等なんらの光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色?ぞ、我心を迷はさむとするは。菩提?下と?するときは、幽静なるさかひなるべく思はるれど、この大道?かみの如きウンテル、デン、リンデンに来て なる石だ?みの人道を行く?々くみ/″\の士女を?よ。胸?り肩?そびえたる士官の、まだ?廉ヰルヘルム一世の街に?める※(「窗/心」、第3水?1-89-54)まどり玉ふ?なりければ、?々の色に?り成したる礼装をなしたる、かほよ少女をとめ巴里パリ?まねびの?よそほひしたる、彼も此も目を?かさぬはなきに、?道の土?青チヤンの上を音もせで走るいろ/\の 、?に?ゆる楼?の少しとぎれたる?ところには、晴れたる空に夕立の音を?かせて?みなぎり落つる?井ふきゐの水、?く望めばブランデンブルク?を隔て ?枝をさしはしたる中より、半天に浮び出でたる?旋塔の神女の像、この?多あまたの景物目睫もくせふの?にあつまりたれば、始めてこ?にしもの 接にいとまなきもうべなり。されど我胸には?たとひいかなる境に?びても、あだなる美?に心をば?さじの誓ありて、つねに我を?ふ外物をさへぎり留めたりき。
 余が?索す?なはを引き?らして?えつを通じ、おほやけの?介状を出だして?来の意を告げし普?西プロシヤの官?は、皆快く余を迎へ、公使?よりの手つ?きだに事なく?みたらましかば、何事にもあれ、教へもし?へもせむと?しき。喜ばしきは、わが故里ふるさとにて、独逸、 西フランスの?を学びしことなり。彼等は始めて余を?しとき、いづくにていつの?にかくは学び得つると?はぬことなかりき。
 さて官事のいとまあるごとに、かねておほやけの?をば得たりければ、ところの大学に入りて政治学を修めむと、名を簿?ぼさつに?させつ。
 ひと月ふた月と?す程に、おほやけの打合せも?みて、取?も次第に?はかどり行けば、急ぐことをば?告?に作りて送り、さらぬをば写し留めて、つひには いくまきをかなしけむ。大学のかたにては、?き心に思ひ?りしが如く、政治家になるべき特科のあるべうもあらず、此か彼かと心迷ひながらも、二三の法家の?筵かうえんつらなることにおもひ定めて、?金を?め、往きて?きつ。
 かくて三年みとせばかりは?の如くにたちしが、?来れば包みても包みがたきは人の好尚なるらむ、余は父の?言を守り、母の教に?ひ、人の神童なりなどむるが嬉しさに怠らず学びし?より、官?の善き?き手を得たりと?はげますが喜ばしさにたゆみなく勤めし?まで、た?所?的、器械的の人物になりて自ら悟らざりしが、今二十五?になりて、既に久しくこの自由なる大学の?に当りたればにや、心の中なにとなくおだやかならず、奥深く潜みたりしまことの我は、やうやう表にあらはれて、きのふまでの我ならぬ我を攻むるに似たり。余は我身の今の世に雄?すべき政治家になるにもよろしからず、また善く法典を?そらんじて?を断ずる法律家になるにもふさはしからざるを悟りたりと思ひぬ。
 余はひそかに思ふやう、我母は余をきたる辞?となさんとし、我官?は余を活きたる法律となさんとやしけん。辞?たらむは?ほ堪ふべけれど、法律たらんは忍ぶべからず。今までは?々さ?たる にも、?めて丁?ていねいにいらへしつる余が、この?より官?に寄する?には?しきりに法制の?目にか?づらふべきにあらぬを?じて、一たび法の精神をだに得たらんには、?々たる万事は破竹の如くなるべしなど 言しつ。又大学にては法科の?筵を余所よそにして、?史文学に心を寄せ、?くしよむ境に入りぬ。
 官?はもと心のま?に用ゐるべき器械をこそ作らんとしたりけめ。独立の思想を?いだきて、人なみならぬおももちしたる男をいかでか喜ぶべき。危きは余が当?の地位なりけり。されどこれのみにては、なほ我地位をくつがへすに足らざりけんを、日比ひごろ伯林ベルリン留学生のうちにて、或る?力ある一群ひとむれと余との?に、面白からぬ ありて、彼人々は余を猜疑さいぎし、又つひに余を ざんぶするに至りぬ。されどこれとても其故なくてやは。
 彼人々は余が?とも麦酒ビイルの杯をも?げず、球突きのキユウをも取らぬを、かたくななる心と?を制する力とに?して、かつあざけり且はねたみたりけん。されどこは余を知らねばなり。?呼、此故よしは、我身だに知らざりしを、いかでか人に知らるべき。わが心はかの合?ねむといふ木の?に似て、物さやれば?みて避けんとす。我心は?女に似たり。余が幼き?より?者の教を守りて、まなびの道をたどりしも、つかへの道をあゆみしも、皆な勇?ありてくしたるにあらず、耐忍勉?の力と?えしも、皆な自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、一条ひとすぢにたどりしのみ。余所に心の乱れざりしは、外物を?て みぬ程の勇?ありしにあらず、た?外物に恐れて自らわが手足を?せしのみ。故?を立ちいづる前にも、我が有?の人物なることを疑はず、又我心の能く耐へんことをも深く信じたりき。?呼、彼も一?。舟の横浜を?るるまでは、天晴あつぱれ豪?と思ひし身も、せきあへぬ?に手巾しゆきんを濡らしつるを我れながら怪しと思ひしが、これぞなか/\に我本性なりける。此心は生れながらにやありけん、又早く父を失ひて母の手に育てられしによりてや生じけん。
 かの人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふびんなる心を。
 赤く白くおもてを?りて、赫然かくぜんたる色の衣を?まとひ、珈?店カツフエエに坐して客ををみなを?ては、往きてこれに就かん勇?なく、高き帽を戴き、眼?に鼻を?ませて、普?西プロシヤにては?族めきたる鼻音にて物言ふ「レエベマン」を?ては、往きてこれと?ばん勇?なし。此等の勇?なければ、彼活?なる同?の人々と交らんやうもなし。この交?の?うときがために、彼人々は唯余を嘲り、余を嫉むのみならで、又余を猜疑すること?なりぬ。これぞ余が冤罪ゑんざいを身に?ひて、 の?に?量の かんなん?けみし尽すなかだちなりける。
 或る日の夕暮なりしが、余は?苑を漫?して、ウンテル、デン、リンデンを?ぎ、我がモンビシユウ街の?居けうきよに?らんと、クロステルかうの古寺の前に来ぬ。余は彼の?火ともしびの海を渡り来て、この狭く薄暗きこうぢに入り、楼上の木?おばしまに干したる敷布、襦袢はだぎなどまだ取入れぬ人家、?髭?き?太ユダヤ教徒のおきな?前こぜん?た?ずみたる居酒屋、一つのはしごは直ちにたかどのに?し、他の梯はあなぐら住まひの?冶かぢが家に通じたる?家などに向ひて、凹字あふじの形に引?みて立てられたる、此三百年前の を望む?に、心の恍惚となりて?し?みしこと?度なるを知らず。
 今この?を?ぎんとするとき、?とざしたる寺?の扉に倚りて、声を?みつ?泣くひとりの少女をとめあるを?たり。年は十六七なるべし。かむりしきれを?れたる?の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき?れたりとも?えず。我足音に?かされてかへりみたるおもて、余に?人の?なければこれを写すべくもあらず。この青く清らにて物?ひたげにうれひを含めるまみの、半ば露を宿せる?き睫毛まつげおほはれたるは、何故に一?したるのみにて、用心深き我心の底までは?したるか。
 彼ははからぬ深き?きにひて、前後を?みるいとまなく、こ?に立ちて泣くにや。わが臆病なる心は れんびんの情に打ち?たれて、余は?えず?そばに倚り、「何故に泣き玉ふか。ところに?累けいるゐなき外人よそびとは、かへりて力を借し易きこともあらん。」といひ?けたるが、我ながらわが大胆なるにあきれたり。
 彼は?きてわが黄なる面を打守りしが、我が真率なる心や色にあらはれたりけん。「君は善き人なりと?ゆ。彼の如くむごくはあらじ。た我母の如く。」?し涸れたる?の泉は又溢れて?らしき?を流れ落つ。
「我を救ひ玉へ、君。わが?なき人とならんを。母はわが彼の言?に?はねばとて、我を打ちき。父は死にたり。明日あすは葬らでは※(「りっしんべん+(匚<?)」、第3水?1-84-56)かなはぬに、家に一?の?たくはへだになし。」
 ?は欷?ききよの声のみ。我まなこはこのうつむきたる少女の?ふる?うなじにのみ注がれたり。
「君がに送り行かんに、づ心を?しづめ玉へ。声をな人に?かせ玉ひそ。こ?は往来なるに。」彼は物?するうちに、?えず我肩に倚りしが、この?ふと?かしら?もたげ、又始てわれを?たるが如く、?ぢて我?を?びのきつ。
 人の?るが?はしさに、早足に行く少女の?に附きて、寺の筋向ひなる大?を入れば、欠け?じたる石の梯あり。これを上ぼりて、四?目に腰を折りて潜るべき程の?あり。少女は※(「金+?」、第3水?1-93-39)びたる?金の先きをぢ曲げたるに、手を?けて?く引きしに、中には咳枯しはがれたる老?おうなの声して、「?ぞ」と?ふ。エリス?りぬと答ふる?もなく、?をあら?かに引?ひきあけしは、半ばしらみたる?、?しき相にはあらねど、?苦の痕を?ぬかに印せし面の老?にて、古き の衣を着、?れたる上靴を穿きたり。エリスの余に会?して入るを、かれは待ち兼ねし如く、?を?はげしくたて切りつ。
 余は?し茫然として立ちたりしが、ふと油?ラムプの光に透して?を?れば、エルンスト、ワイゲルトとうるしもて?き、下に仕立物?と注したり。これすぎぬといふ少女が父の名なるべし。内には言ひ争ふごとき声?えしが、又静になりて?は再び明きぬ。さきの老?は いんぎんにおのが?礼の振舞せしを?びて、余を迎へ入れつ。?の内はくりやにて、右手めての低き※(「窗/心」、第3水?1-89-54)に、真白ましろに洗ひたる麻布を?けたり。左手ゆんでには粗末に?上げたる?瓦の?かまどあり。正面の一室の?は半ば?きたるが、内には白布しらぬのを掩へる?床ふしどあり。伏したるはなき人なるべし。?の?なる?を?きて余を?きつ。この?は所?いはゆる「マンサルド」の街に面したる一?ひとまなれば、天井もなし。隅の屋根?より※(「窗/心」、第3水?1-89-54)に向ひて斜に下れるはりを、?にて?りたる下の、立たば?かしらつかふべき?に?床あり。中央なる机には美しき?かもを?けて、上には?物一二?と写真帖とをならべ、陶瓶たうへいにはこ?に似合はしからぬ?あたひ高き花束を生けたり。そがかたはらに少女ははぢを?びて立てり。
 彼は?すぐれて美なり。の如き色の?は?火に映じて微?うすくれなゐしたり。手足の?かぼそ※(「?」の「几」に代えて「衣」、第3水?1-91-74)たをやかなるは、?家のをみなに似ず。老?のへやを出でし?にて、少女は少し?なまりたる言?にて云ふ。「?し玉へ。君をこ?まで?きし心なさを。君は善き人なるべし。我をばよも憎み玉はじ。明日に迫るは父のはふり、たのみに思ひしシヤウムベルヒ、君は彼を知らでやおはさん。彼は「ヰクトリア」座の座?ざがしらなり。彼が抱へとなりしより、早や二年ふたとせなれば、事なく我等を助けんと思ひしに、人の?に附けこみて、身?手なるいひ?けせんとは。我を救ひ玉へ、君。金をば薄き?金をきて?し参らせん。?令よしや我身はくらはずとも。それもならずば母の言?に。」彼は?ぐみて身をふるはせたり。その?上げたるまみには、人にいなとはいはせぬ媚?あり。この目の?きは知りてするにや、又自らは知らぬにや。
 我が?しには二三「マルク」の あれど、それにて足るべくもあらねば、余は をはづして机の上に置きぬ。「これにて一?の急をしのぎ玉へ。?屋の使のモンビシユウ街三番地にて太田と?ねん折には?を取らすべきに。」
 少女は?き感ぜしさま?えて、余が辞?わかれのためにいだしたる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる?き?なんだを我手のそびら?そ?ぎつ。
 ?呼、何等の?因ぞ。この恩を?せんとて、自ら我?居けうきよし少女は、シヨオペンハウエルを右にし、シルレルを左にして、?日ひねもす兀坐こつざする我 の※(「窗/心」、第3水?1-89-54)さうかに、一?の名花を?かせてけり。この?を始として、余と少女とのまじはり?く繁くなりもて行きて、同?人にさへ知られぬれば、彼等は速了そくれうにも、余をて色を舞?の群に?ぎよするものとしたり。われ等二人ふたりの?にはまだ※(「?+矣」、第3水?1-94-13)ちがいなる のみ存したりしを。
 その名をさんは?は?かりあれど、同?人の中に事を好む人ありて、余が※(二の字点、1-2-22)しば/\芝居に出入して、女?と交るといふことを、官?の?もとに?じつ。さらぬだに余が?すこぶる学?の岐路きろに走るを知りて憎み思ひし官?は、遂に旨を公使?に?へて、我官を免じ、我?を解いたり。公使がこの命を?ふる?余に?ひしは、御身おんみ若し即?に?に?らば、路用を?すべけれど、若し?こ?に在らんには、公の助をば仰ぐべからずとのことなりき。余は一?日の?予を?ひて、とやかうと思ひ?ふうち、我生涯にてもつとも悲痛を?えさせたる二通の?状に接しぬ。この二通は殆ど同?にいだし?ものなれど、一は母の自?、一は?族なるなにがしが、母の死を、我がまたなく慕ふ母の死を?じたる?ふみなりき。余は母の?中の言をこ?に反覆するに堪へず、?の迫り来て?の?はこびを妨ぐればなり。
 余とエリスとの交?は、この?までは余所目よそめに?るより清白なりき。彼は父の?きがために、充分なる教育を受けず、十五の?舞の?のつのりに?じて、この?づかしき?わざを教へられ、「クルズス」果て?後、「ヰクトリア」座に出で?、今は?中第二の地位を占めたり。されど?人ハツクレンデルが当世の奴?といひし如く、はかなきは舞?の身の上なり。薄き?金にて?がれ、昼の温?、夜の舞台と?きびしく使はれ、芝居の化?部屋に入りてこそ?粉をも?ひ、美しき衣をも?へ、?外にてはひとり身の衣食も足らず?なれば、?腹からを?ふものはその辛苦奈何いかにぞや。されば彼等の仲?にて、?いやしき限りなる?にちぬはまれなりとぞいふなる。エリスがこれを※(「二点しんにょう+官」、第3水?1-92-56)のがれしは、おとなしき性?と、 ある父の守?とに依りてなり。彼は幼き?より物?むことをば流石さすがに好みしかど、手に入るは卑しき「コルポルタアジユ」と唱ふる?本屋の小?のみなりしを、余と相?あひしる?より、余が借しつる?を?みならひて、?く趣味をも知り、言?の?なまりをも正し、いくほどもなく余に寄するふみにも?字あやまりじ少なくなりぬ。か?れば余等二人の?には先づ?弟の交りを生じたるなりき。我が不?の免官を?きしときに、彼は色を失ひつ。余は彼が身の事に?りしを包み?しぬれど、彼は余に向ひて母にはこれを秘め玉へと云ひぬ。こは母の余が学?を失ひしを知りて余を?うとんぜんを恐れてなり。
 ?呼、くはしくこ?に写さんも要なけれど、余が彼を?づる心のにはかに?くなりて、遂に?れ?き中となりしは此折なりき。我一身の大事は前によこたはりて、まことに危急存亡のときなるに、このおこなひありしをあやしみ、又た?そしる人もあるべけれど、余がエリスを?する情は、始めて相?し?よりあさくはあらぬに、いま我数奇さくきを?み、又 を悲みて伏し沈みたる面に、?びんの毛の解けてか?りたる、その美しき、いぢらしき姿は、余が悲痛感慨の刺激によりて常ならずなりたる を射て、恍惚の?にこ?に及びしを奈何いかにせむ。
 公使に?せし日も近づき、我めいはせまりぬ。このま?にて?にかへらば、学成らずして?名を?ひたる身の浮ぶ?あらじ。さればとて留まらんには、学?を得べき手だてなし。
 此?余を助けしは今我同行の一人なる相 吉なり。彼は?京に在りて、既に天方伯の秘?官たりしが、余が免官の官?に出でしを?て、某新 の ?へんしふちやうに?きて、余を社の通信?となし、伯林ベルリンに留まりて政治学芸の事などを?道せしむることとなしつ。
 社の?酬はいふに足らぬほどなれど、?家すみかをもうつし、午餐ひるげに往く食店たべものみせをもかへたらんには、かすかなる暮しは立つべし。?角とかう思案する程に、心の?を?あらはして、助の?をわれに投げ?けしはエリスなりき。かれはいかに母を?き?かしけん、余は彼等?子の家に寄寓すること?なり、エリスと余とはいつよりとはなしに、有るか?きかの?入を合せて、?きがなかにも?しき月日を送りぬ。
 朝の※(「口+加」、第3水?1-14-93)※(「口+非」、第4水?2-4-8)カツフエエ果つれば、彼は温?に往き、さらぬ日には家に留まりて、余はキヨオニヒ街の?口せまく奥行のみいと?き休息所におもむき、あらゆる新?を?み、 取り出で?彼此と材料を集む。このり?きたる引※(「窗/心」、第3水?1-89-54)より光を取れる室にて、定りたる?わざなき若人わかうど、多くもあらぬ金を人に借して己れは?び暮す老人、取引所の?の隙を?ぬすみて足を休むる商人あきうどなどとひぢを?べ、冷なる石卓いしづくゑの上にて、忙はしげに?を走らせ、小をんなが持て来る一?ひとつき※(「口+加」、第3水?1-14-93)※(「口+非」、第4水?2-4-8)むるをも?みず、明きたる新?の き板ぎれに※(「插」でつくりの?棒が下に突き?けている、第4水?2-13-28)みたるを、 いくいろとなく?け?つらねたるかたへの壁に、いく度となく往来ゆききする日本人を、知らぬ人は何とか?けん。又一?近くなるほどに、温?に往きたる日には返りによぎりて、余と?ともに店を立出づるこの常ならず?き、掌上しやうじやうの舞をもなしえつべき少女を、怪み?送る人もありしなるべし。
 我学?はすさみぬ。屋根?の一?微に燃えて、エリスが よりかへりて、いすに寄りて?ものなどする?の机にて、余は新?の原稿を?けり。昔しの法令条目の枯?を?上に?寄かきよせしとは殊にて、今は活?々たる政界の??、文学美?に?る新?象の批?など、彼此と?びあはせて、力の及ばん限り、ビヨルネよりは?ろハイネを学びて思を?へ、?々のふみを作りし中にも、引?きて?廉ヰルヘルム一世と?得力フレデリツク三世との※(「歹+且」、第3水?1-86-38)ほうそありて、新帝の即位、ビスマルク侯の?退如何いかんなどの事に就ては、ことさらに?つまびらかなる?告をなしき。さればこの?よりは思ひしよりも忙はしくして、多くもあらぬ を?ひもとき、旧?をたづぬることも?く、大学の籍はまだ?けづられねど、?金を?むることの?ければ、唯だ一つにしたる?筵だに往きて?くことは稀なりき。
 我学?は荒みぬ。されど余は?に一?の を?じき。そをいかにといふに、およそ民?学の流布るふしたることは、欧洲?国の?にて独逸にくはなからん。?百?の新 ?に散?する には?すこぶる高尚なるもの多きを、余は通信?となりし日より、かつて大学に繁く通ひし折、?ひ得たる一?の眼孔もて、?みては又?み、写しては又写す程に、今まで一筋の道をのみ走りし知?は、おのづから?括的になりて、同?の留学生などの大かたは、?にも知らぬ境地に到りぬ。彼等の仲?には独逸新?の社?をだに善くはえ?まぬがあるに。
 明治廿一年の冬は来にけり。表街おもてまちの人道にてこそすなをも?け、すき[#「金+※(「插」でつくりの?棒が下に突き?けている、第4水?2-13-28)のつくり」、161-下-29]をも?へ、クロステル街のあたりは凸凹とつあふ※(「土へん+可」、第3水?1-15-40)かんかの?は?ゆめれど、表のみは一面に?りて、朝に?を?けば?ゑ?こ?えし雀の落ちて死にたるも哀れなり。へやを温め、?に火を焚きつけても、壁の石を?し、衣の?を穿うがつ北欧?巴の寒さは、なか/\に堪へがたかり。エリスは二三日前の夜、舞台にて卒倒しつとて、人にたすけられて?り来しが、それより心地あしとて休み、もの食ふごとに吐くを、?阻つはりといふものならんと始めて心づきしは母なりき。?呼、さらぬだに?束おぼつかなきは我身の行末なるに、若しまことなりせばいかにせまし。
 今朝は日曜なれば家に在れど、心は?しからず。エリスは床に?すほどにはあらねど、ちさき?炉のほとりに椅子さし寄せて言?すくなし。この 口に人の声して、程なく庖厨はうちゆうにありしエリスが母は、?便の?状を持て来て余にわたしつ。?れば えある相?が手なるに、?便切手は普?西プロシヤのものにて、消印には伯林ベルリンとあり。?いぶかりつ?もひらきて?めば、とみの事にて?あらかじめ知らするに由なかりしが、昨夜よべこ?に着せられし天方大臣に附きてわれも来たり。伯のなんぢを?まほしとのたまふにく来よ。汝が名誉を恢?するも此?にあるべきぞ。心のみ急がれて用事をのみいひるとなり。?み?をはりて茫然たる面もちを?て、エリス云ふ。「故?よりの文なりや。?しき便たよりにてはよも。」彼は例の新?社の?酬に?する?状と思ひしならん。「否、心にな?けそ。おん身も名を知る相?が、大臣と?にこ?に来てわれを呼ぶなり。急ぐといへば今よりこそ。」
 かはゆき独り子を出し遣る母もかくは心を用ゐじ。大臣にまみえもやせんと思へばならん、エリスは病をつとめて起ち、上襦袢うはじゆばんも?めて白きを撰び、丁?にしまひ置きし「ゲエロツク」といふ二列ぼたんの服を出して着せ、襟?りさへ余が?めに手づから?びつ。
「これにて?苦しとは?れも得言はじ。我?に向きて?玉へ。何故なにゆゑにかく不?なる面もちを?せ玉ふか。われも?共もろともに行かまほしきを。」少しかたちをあらためて。「否、かく衣を更め玉ふを?れば、何となくわが?太郎の君とは?えず。」又た少し考へて。「?令よしや富?になり玉ふ日はありとも、われをば て玉はじ。我病は母ののたまふ如くならずとも。」
「何、富?。」余は微笑しつ。「政治社会などに出でんの望みは?ちしより?年いくとせをか?ぬるを。大臣は?たくもなし。唯年久しく?れたりし友にこそ逢ひには行け。」エリスが母の呼びし一等「ドロシユケ」は、?下にきしる雪道を※(「窗/心」、第3水?1-89-54)の下まで来ぬ。余は手袋をはめ、少し?れたる外套を背におほひて手をば通さず帽を取りてエリスに接吻してたかどのを下りつ。彼は?れる※(「窗/心」、第3水?1-89-54)を明け、乱れし?を朔?さくふうに吹かせて余が?りし?を?送りぬ。
 余が?を下りしは「カイゼルホオフ」の入口なり。?者に秘?官相?が室の番号を?ひて、久しく踏み?れぬ大理石の?はしごを登り、中央の柱に「プリユツシユ」を被へる「ゾフア」を据ゑつけ、正面には?を立てたる前房に入りぬ。外套をばこ?にて脱ぎ、わたどのをつたひて室の前まで往きしが、余は少し※(「足へん+厨」、第3水?1-92-39)ちちうしたり。同じく大学に在りし日に、余が品行の方正なるを激?したる相?が、けふはいかなる面もちして出迎ふらん。室に入りて相?して?れば、形こそ旧に比ぶれば肥えてたくましくなりたれ、依然たる快活の?象、我失行をもさまで意に介せざりきと?ゆ。?後の情を?叙するにもいとまあらず、引かれて大臣に?し、委托せられしは独逸?にて?せる文?の急を要するを せよとの事なり。余が文?を受?して大臣の室を出でし?、相?は?より来て余と午餐ひるげを共にせんといひぬ。
 食卓にては彼多く?ひて、我多く答へき。彼が生路はおほむね平滑なりしに、 かんか数奇さくきなるは我身の上なりければなり。
 余が胸臆を?いて物?りし不幸なる を?きて、かれは屡※(二の字点、1-2-22)?きしが、なか/\に余を?めんとはせず、却りて他の凡庸なる?生?を?りき。されど物?の?をはりしとき、彼は色を正して?いさむるやう、この一段のことはと生れながらなる弱き心より出でしなれば、今更に言はんも甲斐なし。とはいへ、学?あり、才能あるものが、いつまでか一少女の情にか?づらひて、目的なき生活なりはひをなすべき。今は天方伯も唯だ独逸?を利用せんの心のみなり。おのれもまた伯が当?の免官の理由を知れるが故に、?しひて其成心を?かさんとはせず、伯が心中にて曲庇者きよくひものなりなんど思はれんは、朋友に利なく、おのれに?あればなり。人を?す?むるは先づ其能を示すにかず。これを示して伯の信用を求めよ。又彼少女との は、?令彼に?ありとも、?令情交は深くなりぬとも、人材を知りてのこひにあらず、 といふ一?の惰性より生じたる交なり。意を?して断てと。れそのことのおほむねなりき。
 大洋にかぢを失ひしふな人が、?はるかなる山を望む如きは、相?が余に示したる前途の方?はうしんなり。されどこの山は?ほ重?の?に在りて、いつ往きつかんも、否、果して往きつきぬとも、我中心に?足を与へんも定かならず。?きが中にも?しきは今の生活なりはひ、?て?きはエリスが?。わが弱き心には思ひ定めんよしなかりしが、しばらく友のことに?ひて、この情?を断たんと?しき。余は守る所を失はじと思ひて、おのれに?するものには抗抵すれども、友に?して否とはえ?こたへぬが常なり。
 ?れて出づれば?おもて?てり。二重ふたへ玻璃ガラス※(「窗/心」、第3水?1-89-54)を?しく?して、大いなる陶炉に火を焚きたる「ホテル」の食堂を出でしなれば、薄き外套を透る午後四?の寒さは殊さらに堪へ?く、?はだへ粟立あはだつと共に、余は心の中に一?の寒さを?えき。
  は一夜になし果てつ。「カイゼルホオフ」へ通ふことはこれより?く繁くなりもて行く程に、初めは伯の言?も用事のみなりしが、後には近比ちかごろ故?にてありしことなどを?げて余が意?を?ひ、折に触れては道中にて人々の失?ありしことどもを告げて打笑ひ玉ひき。
 一月ばかり?ぎて、或る日伯は突然われに向ひて、「余は明旦あす?西?ロシアに向ひて出?すべし。したがひてべきか、」と?ふ。余は数日?、かの公?に遑なき相?を?ざりしかば、此?は不意に余を?かしつ。「いかで命に?はざらむ。」余は我?を表はさん。此答はいち早く?断して言ひしにあらず。余はおのれが信じて?む心を生じたる人に、卒然ものを?はれたるときは、咄嗟とつさ?かん、その答の を善くも量らず、直ちにうべなふことあり。さてうべなひし上にて、その?し?きに心づきても、?しひて当?の心虚なりしを掩ひ?し、耐忍してこれを?行すること屡々なり。
 此日は のしろに、旅?さへ添へて?たまはりしを持て?りて、 の代をばエリスに?けつ。これにて?西?より?り来んまでの?つひえをば支へつべし。彼は医者に?せしに常ならぬ身なりといふ。?血のさがなりしゆゑ、?月か心づかでありけん。座?よりは休むことのあまりに久しければ籍を除きぬと言ひおこせつ。まだ一月ばかりなるに、かく?しきは故あればなるべし。旅立の事にはいたく心を?ますとも?えず。?りなき我心を厚く信じたれば。
 ?路にては?くもあらぬ旅なれば、用意とてもなし。身に合せて借りたる?き礼服、新に?求めたるゴタ板の?廷ろていの?族?、二三?の辞?などを、小「カバン」に入れたるのみ。流石に心?きことのみ多きこの程なれば、出で行く?に残らんも物?かるべく、又停 にて?こぼしなどしたらんには影?うしろめたかるべければとて、翌朝早くエリスをば母につけて知る人がりいだしやりつ。余は旅装整へて?を?し、?をば入口に住む靴屋の主人に?けて出でぬ。
 ?国行につきては、何事をか叙すべき。わが舌人ぜつじんたる任?つとめ忽地たちまちに余をらつし去りて、青?の上におとしたり。余が大臣の一行に随ひて、ペエテルブルクに在りし?に余を ゐねうせしは、巴里 の?奢けうしやを、?雪の?うちに移したる王城の さうしよくことさらに黄?わうらふ?しよくを?つ共なくともしたるに、?星の?章、?枝の「エポレツト」が映射する光、 てうるたくみを尽したる「カミン」の火に寒さを忘れて使ふ?女の扇の?きなどにて、この ?西?を最も?滑に使ふものはわれなるがゆゑに、?主の?に周旋して事を弁ずるものもまた多くは余なりき。
 この?余はエリスを忘れざりき、否、彼は日?に?ふみを寄せしかばえ忘れざりき。余が立ちし日には、いつになく独りにて?火に向はん事の心?さに、知る人の?もとにて夜に入るまでもの?りし、疲る?を待ちて家に?り、直ちにいねつ。次のあした目醒めし?は、?独り?に残りしことを?にはあらずやと思ひぬ。起き出でし?の心?さ、か?る思ひをば、生?たつきに苦みて、けふの日の食なかりし折にもせざりき。これ彼が第一の?のあらましなり。
 又程?てのふみは?る思ひせまりて?きたる如くなりき。文をば否といふ字にて起したり。否、君を思ふ心の深きそこひをば今ぞ知りぬる。君は故里ふるさとに?もしきやからなしとのたまへば、此地に善き世渡のたつきあらば、留り玉はぬことやはある。又我?もて?ぎ留めではまじ。それも※(「りっしんべん+(匚<?)」、第3水?1-84-56)かなはで?ひんがしに?り玉はんとならば、?と共に往かんは易けれど、か程に多き路用を何?いづくよりか得ん。いかなる?をなしても此地に留りて、君が世に出で玉はん日をこそ待ためと常には思ひしが、?しの旅とて立出で玉ひしより此二十日ばかり、 の思は日にけに茂りゆくのみ。たもとを分つはた?一瞬の苦?くげんなりと思ひしは迷なりけり。我身の常ならぬが?くにしるくなれる、それさへあるに、?令よしやいかなることありとも、我をばゆめな?て玉ひそ。母とはいたく争ひぬ。されど我身の?ぎし?には似で思ひ定めたるを?て心折れぬ。わが?ひんがしに往かん日には、ステツチンわたりの?家に、?き?者あるに、身を寄せんとぞいふなる。?きおくり玉ひし如く、大臣の君に重く用ゐられ玉は?、我路用の金は?も角もなりなん。今は只管ひたすら君がベルリンにかへり玉はん日を待つのみ。
 ?呼、余は此?を?て始めて我地位を明?し得たり。?かしきはわが?にぶき心なり。余は我身一つの?退につきても、また我身に?らぬ他人ひとの事につきても、?断ありと自ら心に?りしが、此?断は?境にのみありて、逆境にはあらず。我と人との を照さんとするときは、?みし胸中の?は?りたり。
 大臣は既に我に厚し。されどわが近眼は唯だおのれが尽したる?分をのみ?き。余はこれに未来の望を?ぐことには、神も知るらむ、?えておもひ到らざりき。されど今こ?に心づきて、我心は?ほ冷然たりし?。先に友の?めしときは、大臣の信用は屋上のとりの如くなりしが、今は※(二の字点、1-2-22)や?これを得たるかと思はる?に、相?がこの?の言?の端に、本国に?りて後も?にかくてあらば云々しか/″\といひしは、大臣のかくのたまひしを、友ながらも公事なれば明には告げざりし?。今更おもへば、余が?卒にも彼に向ひてエリスとの を?たんといひしを、早く大臣に告げやしけん。
 ?呼、独逸に来し初に、自ら我本?を悟りきと思ひて、また器械的人物とはならじと誓ひしが、こは足を?して放たれし?の?し羽を?かして自由を得たりと?りしにはあらずや。足の糸は解くに由なし。さきにこれを?あやつりしは、わがなにがし省の官?にて、今はこの糸、あなあはれ、天方伯の手中に在り。余が大臣の一行と?にベルリンに?りしは、あたかも是れ新年のあしたなりき。停 に?を告げて、我家をさして?を?りつ。こ?にては今も除夜に眠らず、元旦に眠るが?なれば、万?寂然たり。寒さは?く、路上の雪は?角ある?片となりて、晴れたる日に映じ、きら/\と?けり。?はクロステル街に曲りて、家の入口に?と?まりぬ。この を?く音せしが、?よりは?えず。?丁ぎよていに「カバン」持たせて梯を登らんとする程に、エリスの梯を?け下るに逢ひぬ。彼が一声叫びて我?うなじを抱きしを?て?丁は呆れたる面もちにて、何やらむひげの内にて云ひしが?えず。「善くぞ?り来玉ひし。?り来玉はずば我命は?えなんを。」
 我心はこの?までも定まらず、故?を?おもふ念と を求むる心とは、?として?情を?せんとせしが、唯だ此一刹那せつな低徊踟※(「足へん+厨」、第3水?1-92-39)ていくわいちちうの思は去りて、余は彼を抱き、彼の?かしらは我肩に倚りて、彼が喜びの?ははら/\と肩の上に落ちぬ。
「 か持ちて行くべき。」と?どらの如く叫びし?丁は、いち早く登りて梯の上に立てり。
 ?の外に出迎へしエリスが母に、?丁を?ねぎらひ玉へと をわたして、余は手を取りて引くエリスに伴はれ、急ぎて室に入りぬ。一瞥いちべつして余は?きぬ、机の上には白き木?、白き「レエス」などをうづたかく?み上げたれば。
 エリスは打笑うちゑみつ?これをゆびさして、「何とか?玉ふ、この心がまへを。」といひつ?一つの木?ぎれを取上ぐるを?れば襁褓むつきなりき。「わが心の?しさを思ひ玉へ。?れん子は君に似て?き瞳子ひとみをや持ちたらん。この瞳子。?呼、?にのみ?しは君が?き瞳子なり。?れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。」彼は?を垂れたり。「?をさなしと笑ひ玉はんが、寺に入らん日はいかに嬉しからまし。」?上げたる目には ちたり。
 二三日の?は大臣をも、たびの疲れやおはさんとてあへ?とぶらはず、家にのみ?りをりしが、或る日の夕暮使して招かれぬ。往きて?れば待遇殊にめでたく、?西?行の?を?ひ慰めて後、われと共に?にかへる心なきか、君が学?こそわが?り知る所ならね、?学のみにて世の用には足りなむ、滞留の余りに久しければ、?々の?累もやあらんと、相?に?ひしに、さることなしと?きて落居おちゐたりと宣ふ。其?色いなむべくもあらず。あなやと思ひしが、流石に相?のことを?なりともいひ?きに、若しこの手にしも?すがらずば、本国をも失ひ、名誉をきかへさん道をも?ち、身はこの?漠たる欧洲大都の人の海に葬られんかと思ふ念、心?を?いて起れり。?呼、何等の特操なき心ぞ、「うけたまはりはべり」と?こたへたるは。
 ?がねの?ぬかはありとも、?りてエリスに何とかいはん。「ホテル」を出でしときの我心の?乱は、たとへんに物なかりき。余は道の?西をも分かず、思に沈みて行く程に、往きあふ の?丁に?度かしつせられ、?きて?びのきつ。?くしてふとあたりを?れば、?苑のかたはらに出でたり。倒る?如くに路の?こしかけに倚りて、灼くが如く?し、つちにて打たる?如く?く?かしら榻背たふはいに持たせ、死したる如きさまにて をか?しけん。?しき寒さ骨に?すと?えて醒めし?は、夜に入りて雪は繁く降り、帽のひさし、外套の肩には一寸?ばかりも?りたりき。
 最早もはや十一?をや?ぎけん、モハビツト、カル?街通ひの?道 の?道も雪に埋もれ、ブランデンブルゲル?のほとり瓦斯?ガスとうは寂しき光を放ちたり。立ち上らんとするに足の?えたれば、?手にてさすりて、?やく?み得る程にはなりぬ。
 足の?びの?はかどらねば、クロステル街まで来しときは、半夜をや?ぎたりけん。こ?迄来し道をばいかに?みしか知らず。一月上旬の夜なれば、ウンテル、デン、リンデンの酒家、茶店は?ほ人の出入盛りにて?にぎはしかりしならめど、ふつに?えず。我?中には唯※(二の字点、1-2-22)我はゆるすべからぬ罪人なりと思ふ心のみ?ち/\たりき。
 四?の屋根?には、エリスはまだねずと?ぼしく、?然けいぜんたる一星の火、暗き空にすかせば、明かに?ゆるが、降りしきる?の如き雪片に、たちまち掩はれ、乍ちまた?れて、?にもてあそばる?に似たり。?口に入りしより疲を?えて、身の?の痛み堪へ?ければ、?ふ如くに梯を登りつ。庖厨はうちゆうを?ぎ、室の?を?きて入りしに、机に倚りて襁褓むつき?ひたりしエリスは振り返へりて、「あ」と叫びぬ。「いかにかし玉ひし。おん身の姿は。」
 ?きしもうべなりけり、?然として死人に等しき我面色、帽をばいつの?にか失ひ、?はおどろと乱れて、?度か道にてつまづき倒れしことなれば、衣は泥まじりの雪に※(「さんずい+于」、第3水?1-86-49)よごれ、?々は裂けたれば。
 余は答へんとすれど声出でず、膝の?しきりに?をの?かれて立つに堪へねば、椅子をつかまんとせしまでは?えしが、その?ま?に地に倒れぬ。
 人事を知る程になりしは数?すしうの後なりき。 しくて うはことのみ言ひしを、エリスが?ねもごろにみとる程に、或日相?は?ね来て、余がかれに?したる?末てんまつ?つばらに知りて、大臣には病の事のみ告げ、よきやうに?つくろひ置きしなり。余は始めて、病?に侍するエリスを?て、その?りたる姿に?きぬ。彼はこの数?の内にいたく?せて、血走りし目は?み、灰色の?は落ちたり。相?の助にて日々の生?たつきには?せざりしが、此恩人は彼を精神的に?し?なり。
 後に?けば彼は相?に逢ひしとき、余が相?に与へし?束を?き、またかの夕べ大臣に?え上げし一?を知り、にはかに座より?り上がり、面色さながら土の如く、「我?太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」と叫び、その?にたふれぬ。相?は母を呼びて共にたすけて床に?させしに、?くして醒めしときは、目は直?したるま?にて傍の人をも?知らず、我名を呼びていたく?り、?をむしり、蒲?ふとんを?みなどし、またにはかに心づきたる?にて物を探り?もとめたり。母の取りて与ふるものをばこと/″\なげうちしが、机の上なりし襁褓を与へたるとき、探りみて?に押しあて、?を流して泣きぬ。
 これよりは?ぐことはなけれど、精神の作用はほとんど全く?して、そのなること赤?の如くなり。医に?せしに、 なる心?にて急に起りし「パラノイア」といふやまひなれば、治?の なしといふ。ダルドルフの?狂院てんきやうゐんに入れむとせしに、泣き叫びて?かず、後にはかの襁褓一つを身につけて、?度か出しては?、?ては欷?ききよす。余が病?をば?れねど、これさへ心ありてにはあらずと?ゆ。た?をり/\思ひ出したるやうに「?を、?を」といふのみ。
 余が病は全く?えぬ。エリスが生ける?かばねを抱きて千行ちすぢの?を?そ?ぎしは?度ぞ。大臣に随ひて の途に上ぼりしときは、相?と?はかりてエリスが母にかすかなる生?たつきを?むに足るほどの?本を与へ、あはれなる狂女の胎内に?し?子の生れむをりの事をも?みおきぬ。
 ?呼、相 吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我 なうりに一点の彼を憎むこ?ろ今日までも残れりけり。
(明治二十三年一月)





底本:「?代日本文?大系 7」筑摩?房
   1969(昭和44)年8月25日初版第1刷?行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷?行
入力:多?尾伴内
校正:蒋?
2004年6月29日作成

来源:网络    作者:未知
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